【稽留流産について】
あえて鍵なしで投稿させて頂きます。
気分を害する方がいらっしゃいましたら、このまま読まずにスルーして頂けたら有り難いです。陽性がゴールでもスタートでも無い事を私自身が痛感したので記録として残します。
はい。神様はまだまだ私に試練を与えてくれたようです。前回妊娠について投稿したのですが、妊娠7週で稽留流産の可能性を先生から話され妊娠8週で手術の話を進めました。
ついに明日手術を頑張ってきます。
タイミング法を約3年夫婦で頑張り、もうタイミングにこだわるのを辞めよう…と諦めていた周期で授かった赤ちゃんでした。
妊活当初よりもコレをしたら妊娠に繋がる!とかアレを飲めば妊娠に繋がる!とか…徐々に頑張り過ぎる事を減らしていました。
あくまでもストレス無く続けやすく実感がわくものだけ。
それ以外は自分には合わないと辞めていました。
私が1番大事にしていた事は、自分自身を信じる事。ママになりたいとか赤ちゃんが欲しいとかではなく、"ママになる""赤ちゃんはきっと来てくれる"自分の体を自分が1番信じていました。
大丈夫!大丈夫!…
陽性が日に日に濃ゆくなり、終了線よりも濃ゆくなる検査薬を見て安心する。前化学流産も経験しているので病院受診まで毎日検査してました。
妊娠6週で胎嚢が確認出来て、来週には心拍確認だろうなと楽しみに待っていました。
内診中に先生が黙っていたので嫌な予感がして、その予感は的中…「前回心拍らしきものがかすかに動いていたけど、今回消えてる」一瞬にして先生の言っている事が理解出来て涙も出ず、返事をする事が精一杯でした。
帰ってすぐ主人が早めに仕事から帰っていたので、私の異変に気付き抱きしめ何も言わずに一緒に泣きました。
さすがに妊活に前向きだった私も上司に連絡をして仕事を休み、初めて2週間休みを頂いている状態です。一応私は責任者であり、訪問介護なので1週間びっちり活動が入っていました。それなのに上司は何も言わず休みをすぐに調整してくれました。
両親にも妊娠の報告は伝えていたので、泣きながら喜んでくれたからこそ流産の話をする事は苦しかったです。傷付くのは私だけでいいのに…と本当にそう思いました。
しかし母も稽留流産を経験した事あるせいか
まず私の体と精神面を心配してくれました。「妊娠できるって事やんか!大丈夫!」て、流産の診断を受けてから毎日のように電話をくれます。主人にも支えてあげてと連絡を入れたようで、母からもサポートを受けてます。
離婚している父も食事に誘ってくれて、Miraの好きな物食べに行こう!と外に連れ出してくれました。父も主人にMiraは大丈夫か?と連絡を入れたようです。
主人も一緒のように辛いはずなのに、泣き腫らしている私を一生懸命支えてくれてます。外出に連れてってくれたり、変わらない笑顔で私に接してくれます。
そのおかげで私は今笑顔で生活ができてます。
当たり前過ぎて見えなかった幸せも
辛い時だからこそ見えたのかも。
【赤ちゃんはお空に忘れ物を取りに帰った。
忘れ物を見つけたら必ずまたあなたの所に戻ってきてくれる。】
私はこの言葉を信じて
また、赤ちゃんに会える日を楽しみに待ってます。